さよならの魔法
「ユウキ、何してるの?」
「え?あー、うーん、休憩中………?」
やる気がなくて、サボってました。
なんて、バカ正直に言えたら、どんなにいいか。
言わずとも、母さんにはバレていた様で。
俺の言葉を聞いた母さんが、満面の笑みを浮かべる。
ああ、怖い。
人間って、不思議だ。
睨み付けられながら怒られるより、笑顔で怒られる方が何倍も怖いなんて。
「………ユウキ。」
「な、何?」
「勉強しなさーい!!!」
見事に、雷は俺に直撃。
自業自得とは言え、母さんの雷は体よりも耳に刺激を与える。
「うわ、待てって!ちゃんとやるから、ちょっと待って!!」
追いかけ回しそうな勢いの母さんを説得しつつ、俺はバッグに手当たり次第に参考書とノートを突っ込む。
家にこのままいても、やる気が起きる様には思えない。
母さんの監視の目もある。
集中出来る場所はないものかと考えて、思い付いたのは図書館。
小さな町にたった1つだけある、町の図書館だ。
「図書館で勉強してくる!」
そう言って、俺は家を抜け出したのだ。
蝉の鳴く声が、シャワーの様に降り注ぐ。
心地よく、しっとりと鼓膜を震わせる音。
田舎町は不便だけど、悪いことばかりではない。
いいことだって、ちゃんとある。
自然が豊かだということ。
空は澄んでるし、水も綺麗だ。
ミネラルウォーターなんて買わなくても、水道水が普通に美味い。
わざわざレジャーで、山に行く必要もない。
すぐそこに、雄大な景色があるのだから。
若い人間の中には、この田舎町を嫌うヤツも多い。
磯崎が、いい例だ。
でも、俺はこの町が好き。
どんなに不便でも、生まれ育ったこの小さな町が大好きだ。
まばらに建つ住宅地を突っ切って、田んぼ道に出る。
伸びた稲穂を横目に、畦道を真っ直ぐに歩いていく。