さよならの魔法
「そっか。」
ふーん、そうなんだ。
意外だと思わないのは、橋野に本がとてもよく似合うからかもしれない。
そういえば、橋野もよく教室で本を読んでいた。
学校にちゃんと登校していた頃の、天宮と同じ様に。
話を続けよう。
そうは思っても、それ以上、話に花を咲かせることは出来なかった。
会話が続くことはなかった。
元々、橋野とはまともに話をしたことがなかったのだ。
俺は、橋野のことをほとんど知らない。
どんなものが好きなのか。
どんな人間なのか。
俺が橋野のことで知っていることなんて、数えるくらい。
1年の時から、同じクラスであること。
美術部に入っていること。
天宮と仲が良かったこと。
それくらいだ。
よく知らないのだから、話が弾む訳がない。
「………。」
「………。」
俺が口を閉じれば、橋野も口を結ぶ。
そこに流れるのは、無音の時間だけ。
相変わらず、橋野の顔は真っ赤だ。
林檎みたいに赤い顔で、橋野は俺の前に立っている。
あまりにも赤いその顔を見て、俺の方が不安になってきた。
(もしかして、熱射病………とか?)
この暑さだ。
熱気で体調を崩していても、不思議ではない。
そうだとしたら、こんな炎天下の中で突っ立っているのって、まずくないか?
もしかして、俺、邪魔になってるのか?
図書館の中に入りたいのに、俺が話しかけたりなんかしたから、入るに入れなくなっているのだろうか。
だったら、すごく迷惑な話だ。
橋野だって、磯崎みたいな性格ではないはず。
邪魔になっていても、正直に言えないのだろう。
「あ、呼び止めちゃって、ごめんな。それじゃあ………」
一言そう言い残し、俺は急いで図書館の中に駆け込んでいった。
「んー、涼しい!」
図書館に入ってまず感じたのは、ひんやりとした冷たさ。
心地よい冷気が、館内を全体的に冷やしている。