さよならの魔法
分厚い百科事典や、国語辞典。
英語の辞書。
辞書と名の付くものが集中的に、2階に集められている。
受験生には、もってこいの場所なのだ。
この場所は。
まあ、利用するのは初めてだけど。
遮蔽された空間。
クーラーの効いた室内。
人もいない。
誰の目も気にせず、監視も目もない。
難点と言えば、監視の目がないから寝てしまいそうなことくらいか。
(おー、貸し切りじゃん。)
親の目も届かないから、のびのびとやれる。
分からないことがあれば、すぐ横に辞書もある。
自分のペースで受験勉強をするのに、最適な場所なのだ。
「よーし、やるか!」
気合いを入れて、一声。
あー、また1階の人に睨まれそうだ。
勉強なんか好きじゃないけど、今の自分に必要であることは理解している。
やりたくはない。
だけど、必要ならば、やるしかない。
そう、自分を戒めるしかないのだから。
パラパラ。
参考書のページを捲る音。
ノートを捲る音。
カチカチ。
シャーペンの芯を繰り出す音。
紙の上を滑っていく芯が奏でる音。
俺が生み出す音に支配されて、動いていく世界。
ここにいるのは、俺だけ。
俺だけだ。
公式を、頭に叩き込む。
アルファベットの羅列を、脳に刻んでいく。
日本語の美しい文章を、ノートに書き移していく。
音の少ない世界で、俺はどんどん勉強に没頭していった。
(………。)
ん?
何だろう。
まただ。
同じ感覚を、ついさっき、味わった様な気がする。
いつだった?
この感覚を味わったのは、いつのことだったのだろう。
遠い昔のことじゃない。
ほんとに、さっきのことの様な気がするーーー………
「………?」
参考書の山に埋もれて、3時間。
気が付けば、目の前にあるのは真っ白なノート。
どうやら、勉強をしたまま、寝てしまっていたらしい。