さよならの魔法



(あー、寝ちゃったよ………俺。)


受験勉強の為にここに来たっていうのに、呑気に昼寝したゃったよ。

何しに来たんだろ、俺は。


ちょうどよく保たれた室温と、静かな環境。

勉強をするのに最適な環境は、昼寝をするにも最高の環境だということだ。



ぼんやりとする頭の中には、微かな罪悪感が残る。

密かに後悔をしている時に再び感じた、あの違和感。


その違和感に首を傾げそうになった時、気が付いた。

その違和感の正体に。








参考書の向こうに見えた、小さな影。


熱い視線。

外気と同じく、熱気に満ちた視線だ。


気のせいじゃない。

気のせいなんかじゃない。



俺が座る席から1番離れた席から、あの子が見てる。

俺のことを、真っ直ぐに見つめている。


焦げそうなほど、熱の籠もった目で。



長い三つ編み。

水玉のワンピース。


橋野 祥子。

クラスメイトの橋野が、俺のことを見ていた。



一瞬だけゾッとしたのは、どうしてだろう。


その視線が、あまりに熱いものだったからだろうか。

あまりにも真っ直ぐに、俺のことを見つめていたからだろうか。



(………っ、どうして………)


どうして、そんな目で俺を見るんだ?

そんな熱い視線を、俺に向けるんだ?


サーッと、背中を冷たい汗が流れていく。



俺を支配していくのは、戸惑いという感情だけだった。



あの子は、図書館の前にいた。

俺が2階に上がる前から、ここにいた。


あの後、図書館の内部に入っていてもおかしくはない。

用事があって、ここに来ていたのだろうから。


図書館に入りたそうにしていた彼女がここにいること自体は、不思議なことでも何でもないのだ。



橋野がここにいることに、戸惑いを感じた訳じゃない。

そんな理由で、戸惑ったんじゃないんだ。


俺は。



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