さよならの魔法



今年は、うちのクラスは何をするのだろう。

何の出し物をして、どんな準備をしているのだろうか。


私は、何も知らない。

何も、何1つとして、知らない。



紺野くんの隣には、あの子がいるの?

可愛い声で甘えて、紺野くんの心を掴んでいるの?


去年みたいに。

あの時みたいに。



届かない。

手が届かない。


叶わない。


紺野くんには、もう………近寄れない。



どんどん沈んでいく気持ち。

暗い井戸の底に突き落とされて、這い上がれないでいる私。


伸ばしても伸ばしても、手は届かない。

光の向こうには行けない。



暗い底から、求めているだけ。

手を伸ばして、求め続けているだけだ。


今も。

これからも、きっと。



苦しくて。

泣きたくて。


だけど、それでも思い出してしまうのは、紺野くんの顔。



忘れたくても、忘れられない。

諦めたはずなのに、心に残る影。


負のループに囚われていたその時、保健室のドアがトントンと叩かれた。










控え目なノックの後、開かれた保健室のドア。

横開きのドアがスライドしていき、音を立てて軋む。


外界と私の小さな世界を隔てるものが、取り払われていく。



人の気配を感じても、私は衝立の向こうに隠れたまま。


この衝立の向こうに行けば、私の存在が知られてしまう。

それを避ける為。


しかし、衝立の向こうから聞こえたのは、私のことを呼ぶ声だった。




「失礼します。天宮さん、いますか?」


その声に敏感に反応してしまったのは、その声が誰のものであるかが、即座に分かってしまったから。

その声が、私の耳によく馴染んだものであったから。



(橋野さん、だ………。)


私がここにいることを知っているのは、限られた人間しかいない。


養護教諭の立花先生。

担任の佐藤先生。

職員室にいる先生でも、私がここにいることを知らない先生だっている。



< 248 / 499 >

この作品をシェア

pagetop