さよならの魔法
先生と家族以外に、私が保健室に通っていることを知っているのは、1人しかいない。
先生の誰かが漏らしていないのならば、知っているのはただ1人。
同じクラスの橋野さんだけだ。
私が心を許している、数少ない人物。
私の初めての友達。
初めて出来た、大切な友達。
「橋野さん!」
いつもは衝立の外側には出ていかないのに、私はその時に限って、急いで衝立の外に飛び出した。
守られた空間の中から、自らの意思で出ていく。
自分の殻を破って、彼女の元へと急ぐ。
保健室のドアの前にいたのは、やっぱり彼女だった。
きつく編み込まれた、三つ編み。
厚いレンズの眼鏡。
濃紺のセーラー服。
保健室を見回した橋野さんが、こう聞く。
「おはよう、天宮さん。」
「おはよう、橋野さん!」
「立花先生はいないの?」
立花先生はさっきまではここにいたのだけど、5分ほど前に職員室に行くと言い残して、保健室から去ったのだ。
私には、誰かが来ても顔を出さなくてもいいのよと言って。
「立花先生は、今、ちょっと出てるの。職員室って言ってたから、しばらくは帰らないんじゃないかな………。」
この保健室の主。
立花先生がここにいないのは、やっぱり私にとっては不安感を煽る現状ではある。
守ってくれる人はいない。
守られてばかりの私には、この状況は心細い以外の何の感情も湧かないのだ。
早く帰ってくるといいけど、橋野さんがいれば安心だ。
橋野さんは、私がここにいることを知っている人。
私が、心を許せる人。
そう思うのが間違いであることを知るのは、この後すぐのこと。
「ちょうど良かった………。」
その一言に、私は首を傾げた。
「ちょうどいいって、どういうこと………?」
思えば、この時、気が付いていれば良かったのだ。
彼女の異変に。
いつもとは違う、彼女の姿に。