さよならの魔法
私の腕を引く力を一切緩めずに、橋野さんはこう呟いた。
「紺野くんが好き、だから………。」
「は?」
それは、聞き逃してしまいそうなほどに小さな声だった。
もっと周りの音が騒がしかったら、私は橋野さんが呟いた一言を聞いていなかったかもしれない。
聞こえないままだっただろう。
しかし、私には聞こえてしまった。
私の耳に届いてしまった。
橋野さんの声は。
橋野さんの言葉が。
橋野さんが漏らした、隠れた本音を聞いてしまった。
「天宮さんは………っ、紺野くんのことが好きだから、教室に来れないんでしょう?あんな風にバラされて、気持ちを知られてしまったから、意地になってでも教室には顔を出さない………違う?」
「………!」
その通りだった。
橋野さんの言葉の通りだった。
だって、私は、今でも紺野くんのことが好きだ。
大好きで、大好きでしょうがないんだ。
だからこそ、教室にはいられない。
顔を出せない。
好きでも何でもなかったら、もっと気楽に教室に行けていたのだろう。
磯崎さんのいなくなった教室。
そこに怯える必要は、もうないのだから。
磯崎さんの行動に緊張する必要はないのだから。
忘れられないんだ。
好きなんだ。
初めて言葉を交わした、あの春の日から。
増渕さんが紺野くんと出会うよりもずっと前から、紺野くんのことが好きだった。
紺野くんのことだけを見てきた。
消せるなら、消したかった。
忘れられるものならば、全て忘れてしまいたかった。
それが出来ずに、今も、こうして苦しんでる。
叶わない想いに、胸を痛めてる。
止まらなかった。
溢れ出した感情は渦となり、私の唇から零れ落ちる。
今まで誰にも話したことのなかった気持ちを、そっと口に出す。
「つらいの。………紺野くんを見ているのがつらい。」
「………。」
「他の子を好きだって分かってるから、紺野くんの前には………行けない。」