さよならの魔法
邪魔したくない。
困らせたくない。
まだ2人の幸せを願えるほど、私のかさぶたは乾いていないのだ。
いつか、そう思える様になる日まで。
紺野くんと、紺野くんの大切な人の幸せを心から願える様になる日が来るまで。
私は、紺野くんの前から消えたい。
もう、会うことがなかったとしても。
2度と会うことがなかったとしても。
会いたいけど、会えない。
今は、その時じゃない。
そんな私の気持ちを、橋野さんが理解してくれることはなかった。
「天宮さんはずるいよ。………ずるいんだよ。」
「ずるい………?」
思わず、目を丸くする私。
ずるいだなんて、そんなことを言われるとは思っていなかった。
想像しなかった。
橋野さんの目に滲むのは、悔しさなのだろうか。
それとも、悲しみなのだろうか。
複雑な色を織り交ぜた涙が、ユラユラと揺れる。
「私だって、………私だって、………」
「?」
「紺野くんを好きなのは、天宮さんだけじゃない!」
私だけじゃない。
紺野くんのことを好きなのは、私だけじゃない。
響く声。
「私も、私だって………紺野くんのこと、ずっと好きだった。ずっと好きだったんだから!」
それは、初めて聞いた彼女の恋。
橋野さんの秘めた恋心だった。
橋野さんの言葉で、すぐにあの日の前日のことを思い出した。
あれは、半年以上も前のこと。
まだ、私が2年生だった頃。
バレンタインデーの前日だった。
覚えてるよ。
今でも、はっきりと。
橋野さんの家のキッチンを借りて、2人でお菓子を作った。
大切な人にあげる為のプレゼントを作った。
私は、小さなチョコレートの粒。
橋野さんは、カップケーキ。
2人で並んで、アドバイスを受けながら作ったのだ。
誰にあげるんだろう?
気になってはいたけれど、聞けなかった。
聞けずじまいのままだった。