さよならの魔法
保健室のすぐ傍。
人の波の間に見えた、2つの影。
あれはーーー………
あれはーーー………
大人しかった心臓が、急速に活動を始める。
トクン。
トクン、トクンと。
その音がうるさくて、うるさくて、早く静まれよって思っても思い通りにならない。
自分の意思とは反対に、どんどんその速さを増していく。
すぐに分かった。
その姿を目にするのはとても久しぶりのことだったけど、自信があった。
あの子だ。
ずっと会えないままだった、あの子だ。
遠くに見える影。
2つに結んだ髪。
紺色のセーラー服に映える、真っ白なスカーフ。
短くなんてされてない、規定通りのスカート丈。
最初は、幻かと思った。
彼女がここにいるはずないって、そう思ったんだ。
あんな目に遭ったんだ。
あんなつらい思いをしたんだ。
俺の前で。
好きな人の目の前で。
俺にチョコレートを作ってくれた女の子。
天宮 春奈。
あの天宮が、同じ校内にいる。
同じ廊下にいる。
いないものだとばかり思っていた天宮が、学校に来ている。
天宮と一緒にいたのは、同じクラスの橋野。
みんなの前で、磯崎の魔の手から天宮を救い出した橋野。
そして、夏休み。
図書館で、俺を熱く見つめていた橋野。
彼女の目が捉えているのは、仲の良かったはずの天宮だった。
異変を感じたのは、2人の間に流れる空気がいつもとは明らかに違っていたせいだろう。
そこに流れていたのは、仲の良かった頃には感じられなかった空気。
様子がおかしい。
何かが違うと、すぐにそう感じた。
距離にして、20メートル。
2人の異変に気が付いている人間は、俺の他にはいないのか。
みんな、通り過ぎていく。
何も見えないフリをして、あの2人の横を素知らぬ顔をして通り過ぎていく。
立ち止まっているのなんて、俺と茜だけだった。