さよならの魔法
焦った様にそう言う茜が、俺の腕を強く引く。
逃がさない。
縛り付けておきたい。
そんな思惑が見え隠れする茜を振り切って、走る。
「茜、ごめん。………俺、行くから。」
今度こそ、救ってあげる為に。
彼女の心を守ってあげる為に。
あの子の元へと。
意気地なしの俺。
いつまで経っても、ウジウジしていた俺。
大した度胸もないクセに、1人前に正義感を振りかざして。
ちっぽけな自分だけど。
小さな自分だけど。
そんな俺でも、誰かを救ってあげられたらいい。
いい人ぶってるって、そう言われても。
善人のフリをしているだけだと、そう罵られても。
それで誰かの心が救われるのなら、構わない。
手を伸ばす。
あの時、目の前で傷付けられた君。
あの時、かばってあげられなかった君に、手を差し出す。
届け。
届いてくれ。
君に。
君の心に。
しかし、俺の手が届くことはなかった。
「やめ………、止めて!!お願い………だから、もうこんなこと………止めてよ!」
あと少し。
ほんの少しというところで、天宮の悲痛な声が俺の鼓膜を震わせた。
近付いたからこそ分かる、その声の切実さ。
苦しげに呻く、か細い声。
天宮の腕を無理矢理引っ張っている橋野の姿も、それと同時に俺の目に映る。
そこから先は、一瞬の出来事だった。
一瞬過ぎて、あっという間だった。
隙を突いた天宮が、橋野の手を振り払って保健室へと駆け込む。
まただ。
また助けてあげられない。
俺は、何もしてあげられい。
届くことのなかった俺の手は、力なくその場に下ろされた。
ガチャン。
内側から鍵をかける音が、虚しく廊下に響く。
天宮がかけた鍵。
心を開いていたはずの人間に対して、天宮は拒絶を示したんだ。
久しぶりに見た天宮は、あのバレンタインの日の夕方みたいだなと、ふと思った。