さよならの魔法
あの日の記憶は、俺にとっては苦いものでしかない。
みんなの前で晒された恋。
消えてしまった、1人の女の子。
そして、すれ違いから来る別れ。
悲しげに歪む顔。
見ている人間の心を掴む、そんな顔。
俺は忘れられなかったんだ。
あの日の天宮の顔を。
天宮の表情を。
あの顔を見ていると、どうしても切ない気持ちになる。
応えられないのに、忘れられない。
好きだと言ってやれないのに、あの日の天宮が記憶から消えてくれない。
俺は、何も出来なかった。
あの日の俺も、今日の俺も、結局何も出来なかったんだ。
「開けてよ!開けなさいよ………、卑怯じゃない!!」
天宮が閉じた扉を、こじ開けようとする人物。
気が狂った人間みたいに、必死の形相で橋野が保健室のドアを叩く。
ドンドンと、強く。
天宮の意思を無視して、自分の感情を押し付けるかの様に。
その目に宿る光が、今年の夏のある日を思い出させた。
夏。
家から追い出されるみたいに飛び出して、小さな町の図書館へと向かったあの日。
図書館の前で会ったのは、橋野。
今、目の前で天宮を追い詰めている橋野だった。
あの日。
橋野と会ったあの日、俺は橋野の視線に恐怖を覚えた。
理由なんてなかった。
少なくとも、あの時には何故そう感じてしまうのかが分からなかった。
きっと、本能的に感じていたんだ。
橋野の心の奥に潜む闇に。
心に巣食う、暗い闇に。
それは、間違いではなかったということ。
大人しいはずの天宮が、あそこまで取り乱すのには理由がある。
彼女なりの理由があるはずだ。
閉じ籠った彼女を無理矢理にでも捕まえようとする橋野にも、そうしたい理由があるのだろう。
理由があったとしても、人を無理矢理に追い詰めてもいいのだろうか。
許されるのだろうか。
天宮の肩を持つ訳じゃない。
だけど、俺には、どうしても橋野のやり方が正しいとは思えない。
真後ろに立つ俺に気が付かない橋野に、一言、声をかけた。