さよならの魔法
保護者の視線の先には、生徒の席。
1番前に配置されているのが、今日の主役でもある卒業生。
その後ろには、在校生が学年別に並んで座っていた。
「………。」
足が震える。
前へ行きたくないと、無意識に抵抗している体。
ドクンと、心臓が1つ、嫌な音を立てる。
スーッと、冷や汗が額を流れて、床へと落ちていく。
体育館は、とても静かだった。
時折、ひそひそ話が聞こえるくらいで、その他には何の音もない。
何か音を立ててしまえば、すぐに気付かれてしまいそうだ。
無音の空間。
静けさだけが支配するこの空間を乱す者は、ここにはいない。
こんなにも大勢の人間が集まっているのに、みんなが息を潜めて待っている。
卒業する、その時を。
式が始まる、その時を。
卒業生が入場したばかりで、式が始まるのはまだほんの少し先の様だった。
(よし………、今だ。)
大きく息を吸い込んで、吐き出す。
内側に溜まっていたものを、全て吐き出すかの様に。
気休めにしかならないことは、自分でも分かっている。
こんな行為くらいでは、緊張が解れないことも。
震える。
ガタガタと膝が震えて、立っていられない。
崩れ落ちそうになる体を、歯を食い縛って耐える。
でも。
それでも、私は卒業式に出ると決めたのだ。
立花先生の助言を受けてのことだけれど、ここに来ることを決めたのは、他の誰でもない私自身。
卒業式になんて、出たくなかった。
立花先生に言われなければ、出ようとなんて考えもしなかったことだろう。
式には参加せず、卒業証書だけを受け取るという選択肢だってあった。
でも、最後だから。
今日が最後だから。
みんなと会うのも、今日が最後で。
私は、明日にはこの町を出ていく。
生まれ育ったこの町を捨てて、新たな街へ旅立つのだ。
明日にはこの町から消えるのだから、もう会うことなんてない。
私のことを誰も知らない町で、1から始められるのだから。
そう思えば、頑張れると思った。