さよならの魔法
俺が座っている座席の、何人かを挟んだ向こう側の席。
うちのクラスの、1番端っこの座席。
数分前までは空席だったはずのその場所に、誰かが座っている。
一瞬だけ、息が止まった。
一瞬だけ、時間が止まった。
2つに結んだ、長くて黒い髪。
漆黒に光る髪が、体育館の照明に照らされて艶めく。
濃紺のセーラー服に、キュッと折り目正しく結んだ白いスカーフ。
膝丈の長いスカート。
天宮だ。
あの天宮が、この空間にいる。
俺と同じ空間に座っている。
あの日から1度たりとも教室に顔を出そうとはしなかった天宮が、端っこの席に座ってる。
来ないとばかり思っていた彼女が、天宮の為に用意されていたであろう席に座ってる。
そのことが、俺には奇跡みたいに思えた。
(天宮、だ………。)
トクン。
トクン、トクン。
不思議な音を立てて、俺の心臓が騒ぎ出す。
来ないと思ってたんだ。
来てくれるはずがないって、思い込んでいたんだ。
突然の天宮の登場に、俺の体が反応してる。
心よりも先に、体が素直に反応してしまっている。
ここに来る理由がないって、勝手に考えてた。
来たい理由がないのだから、姿を現すはずがないって考えていたから。
(しっかりしろよ、俺!)
何を、1人で焦ってるんだよ。
いくら驚いたからって、テンパるなって。
ダメだ。
ちゃんとしろよ、俺。
言い聞かせる様にして、前を向く。
意識はどうしても横に逸れてしまうけれど、目線だけは前へと向かせる。
式が始まったのは、そのすぐの後のこと。
長い校長の話は、既に恒例行事だ。
半分寝ながら聞いていたその話も、今日だけは真面目に聞く。
欠伸も堪えて、ただ前を見て。
そうでもしないと、すぐに横を見てしまいそうだったから。
数人離れた、横の席。
同じ列の端。
1番端に座るあの子のことが、気になって仕方ない。