さよならの魔法
珍しいからなのか。
久しぶりに、その姿を目に映したからなのか。
分からない。
分からないけれど、どうしても意識がそちらへ向いてしまう。
この中で、何人の人間が気が付いているのだろう。
あの天宮が、ここにいること。
ここにいて、同じ空間にちゃんと座っていること。
みんなと同じく、卒業の日を迎えていることを。
俺は席が比較的近い場所だったから、たまたま気が付いたのかもしれない。
席がもっと離れていたならば、俺だって気が付くことはなかっただろう。
卒業生が入場した時には、天宮の姿はここにはなかった。
確かに、みんなと同じ列には並んでいなかったはずなのだ。
誰にも知られず、ひっそりとそこにいる。
誰にも気付かれない方が、天宮にとっては気楽なのかもしれない。
3年間も同じクラスだった俺には、何だか寂しく思えるけれど。
式は、どんどん進行していく。
長い校長の話が終わり、主賓の挨拶も済み、卒業証書が授与される場面。
卒業証書は、全員が手渡しで渡される訳ではないのだ。
人数が多いから、クラスの代表者だけが前へ出て、校長から卒業証書を受け取る手筈になっている。
担任の佐藤先生が、1人1人の名前を読み上げていく。
「3年1組。」
何人かの名前を読み上げていくうちに呼ばれる、あの子の名前。
「天宮 春奈。」
「………はい。」
小さいけれど、しっかりと返された言葉。
その返事に驚いて、何人かが天宮の姿を探して辺りを見回しているのが分かった。
やっぱり、気付いていないヤツの方が多かったらしい。
何だよ。
今頃、気付いたのかよ。
俺は、もっと前から分かっていたよ。
天宮が、そこにいたこと。
みんなと同じ様に、卒業式に出ていたこと。
気付くの、遅過ぎ。
クラスメイトだろ。
大切な、同じクラスの仲間だろ。
教室に来られなくても、顔を見ることがなくても、それは変わらない。
変わらないはずだ。