さよならの魔法
恋愛だけは上手くいかないけれど、それ以外は順調そのものだった。
高校を無事に卒業した私は、念願だった美大に合格することが出来たのだ。
美大に合格することは、夢に近付く第1歩。
絵に関わる仕事がしたい。
その夢に必要なこと。
これで、夢にまた近付ける。
大好きな絵に囲まれて、仕事が出来るかもしれない。
幸せだった。
千夏ちゃんや千佳ちゃんとは別の大学に進むことになってしまったけれど、それでも上手くやっていけると思った。
大丈夫だよ。
大丈夫。
あの頃の私は、もうどこにもいないのだ。
今の私は、全く違う自分なのだから。
怖くない。
怖くなんかないよ。
私には、魔法がある。
弱い自分を変えてくれる魔法があるじゃない。
新しい友達を作ればいい。
千夏ちゃんや千佳ちゃん達みたいにいい人は、まだ他にもきっといる。
みんながみんな、磯崎さんみたいな人という訳ではない。
橋野さんみたいに、裏がある人なんじゃないよ。
だから、大丈夫。
美大に入学して、2年目。
不安はあったけれど、大学でも友達という存在を作ることは出来た。
友達というよりは、同志に近いのかもしれない。
自分と同じく、絵を愛する仲間。
絵を描くことやデザインをすることが大好きで、それを極めたいと思っている人間。
競い合うライバルがいる大学は、絵を描くのには最適な場所だった。
同じ絵を描く人なんて、存在しない。
人の数だけ、多くの絵がある。
人の数だけ、それぞれの描き方や捉え方がある。
暇を感じることはなかった。
いい刺激を受けて、筆も止まることを知らない。
充実していた。
満ち足りていた。
だから、ちょっとだけ忘れていた。
忘れることが出来ていたのだ。
あの頃のこと。
つらいいじめの記憶や、切ない思い出。
私があの町に捨ててきた、悲しいだけの時間。
心の奥に鍵をかけて、封じ込めていたから、ほんの少しの間だけでも忘れていられた。
きっかけは、1枚のハガキ。
生まれ故郷に残る母親から届いた1枚の真っ白なハガキが、私の記憶を引き出していく。