さよならの魔法
私のことをずるいと言い放った、彼女がいる。
私を無理に連れ出そうとした、橋野さんがいるのだ。
「天宮さんはずるいよ。………ずるいんだよ。」
5年前の橋野さんの言葉が、音を立てて心臓に突き刺さる。
見えない血が、心臓から流れ出す。
赤い血が、心から流れ出る。
時を経てもなお、その威力は変わることはない。
いじめから逃げたことは、それほど罪なことだったのだろうか。
許されないことだったのだろうか。
あれから、ずっと悩んでる。
5年経った、今でも。
「友達なら、………だったら、1人だけ逃げるなんて………許さない。」
友達って、何なのだろう。
人との関係って、どうやって築いていけばいいのだろう。
彼女の言葉で、私は道に迷った。
分からなくなった。
信じていたものが崩れていくのを感じたんだ。
すれ違う心。
戻れない過去に、胸が締め付けられていく。
ふと、本音が漏れた。
「こわ、い………んだ………。」
私は怖い。
怖いんだ。
みんなに会うことが。
橋野さんと、顔を合わせることが。
また、橋野さんに罵られるのだろうか。
蔑まれるのだろうか。
磯崎さんがいなくなっても、不安の種が消える訳でないという現実が、重く肩にのしかかる。
思い出してしまうのだ。
捨ててきた過去を。
置いてきたはずの、悲しい時間を。
ここにいるのは、変身した私なんかじゃない。
生まれ変わった、新しい私なんかじゃない。
あの頃のままの私。
セーラー服を着て、1人で涙を堪えていた私だ。
怖い。
怖いよ。
怖くて、堪らない。
そんな私の不安を、千夏ちゃんは見抜いていた。
「このままでいいの?」
「え………?」
「ハルは、このままでいいの?」
厳しさを含んだ、千夏ちゃんの言葉。
そこに、いつもの底抜けの明るさは存在しない。
別人の様に大人びた千夏ちゃんが、感情を込めて放つ言葉。