さよならの魔法



千夏ちゃんが私にきつく何かを言うのは、滅多にないこと。

初めてと言ってもいいだろう。


楽しい会話しか、交わしたことがなかった。

いつも明るい千夏ちゃんは、塞ぎそうになる私の心を優しく引き上げてくれたから。



分かっていた。


千夏ちゃんは、私を責めたくて、きつい言葉を投げ付けているんじゃない。

私の生き方を非難している訳じゃない。


千夏ちゃんの言葉の意味は。

千夏ちゃんが言いたいことは。




「ハルが………っ、ハルがこんな風に泣いてるの、見てられないよ!苦しんでるのに、泣いてるのに………私、何も出来ないんだもん。」

「千夏………ちゃん………。」


千夏ちゃんは、全く悪くない。


話をこうして聞いてもらえているだけで、私は救われているのだ。

今まで誰にも言えなかったことを、聞いてくれるだけで。


千夏ちゃんの更に後ろから、私をグッと抱き締める千佳ちゃんが、私を諭す。



「ねえ、ハル。過去を乗り越えようよ。」

「乗り越え………る?」

「そう、乗り越えるの。」


乗り越える。

過去を捨てるのではなく、乗り越えていく。


千佳ちゃんの言葉が、弱った心を深く揺さぶる。



そんなこと、私に出来るのだろうか。


全てから逃げた私。

嫌な過去を捨てて、逃げることでしか自分を守れなかった私。


後ろ向きにしか考えられない自分が、今でも私の中に存在している。



「これは、いい機会なんだよ………きっと。ハルにとって、ハルの苦しみを取り除ける最後のチャンスなのかもしれないよ。」


ピンチではなく、チャンス。

捨てるのではなく、乗り越える。


自分を変える、最後の機会。

魔法でも変えることが出来なかった、私を変えるチャンスなのだ。



「ハルなら、出来るよ。ハルなら、きっと出来る。」


ああ、どうして。


どうして、私のことをそこまで信じてくれるのか。

どうして、そこまでして私の背中を押してくれるのか。




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