さよならの魔法
(成人式まで、そんなことを考えてんのかよ………アイツは。)
やっぱり、矢田は矢田だ。
どこまでいっても、矢田なのだ。
林田に一途に恋していた頃が、遠い昔のことの様に思える。
まだ、中学生で。
俺も矢田も、学ランを着ていて。
一生懸命、初めてのものにぶつかっていった、あの頃。
(あと、1ヶ月………半か。)
携帯電話をテーブルの上に置いて、ペンケースの中にしまってあるボールペンに手を伸ばす。
カチッとボールペンの芯を出し、勢い良くハガキに芯を滑らせた。
丸を書いたのは、出席の方。
最後に、自分の名前を書く。
明日の朝には、このハガキは俺の手元から旅立っていることだろう。
(天宮にも、このハガキ………届いてるのかな?)
今はどこにいるのかも分からない、あの子。
生まれ育った弥生が丘の町から消えたあの子の姿を、頭の中に思い浮かべる。
浮かんだのは、当然だけど今の彼女の姿ではなかった。
中学時代の天宮の姿。
セーラー服を着て、窓辺で本を読んでいた彼女を思い出していた。
「天宮さん、引っ越すのよ。どこって言ってたかしら…………確か、東京かどこかって聞いたけど。」
「とう………きょう………?」
「詳しい場所までは知らないけど、そろそろ着いてる頃じゃないの?」
担任だった佐藤先生が、他人事の様に告げた真実。
自分のクラスの生徒を、まるで他所のクラスのことの様に言っていた。
遠い地にいるであろう彼女に、このハガキは届いているのか。
このハガキを見て、何を思うのだろう。
あの子は、天宮は、何を感じるのだろう。
嫌な思い出しか残らない故郷に、思いを馳せることはあるのだろうか。
茜のことよりも、何よりも、天宮のことを考えている自分がいた。