さよならの魔法
『成人式』
side・ハル







5年ぶりの故郷。

冬の厳しい寒さに包まれたふるさとに、私はしばらくぶりに降り立つ。


雪雲に覆われた空。

今にも泣き出してしまいそうな灰色の空は、あの頃の自分の心の中みたいだ。


寒さに震えながら、私は駅前の宿にチェックインした。




赤茶色の屋根に、薄汚れた白い壁。

東京にある、今住んでいるアパートも古いものだけれど、それとは比べられないくらいに歴史を感じる。


一見すると、民家に見えてしまうほど。

そんな宿だけれど、これでも一応、営業中なのだ。


ガラス製の古びたドアをギシギシと音を立てて開ければ、奥からは女将さんらしき人が驚いた顔をして飛び出してくる。



「あら、お客様………かしら?」

「はい。………予約してないんですけど、泊まれますか?」

「珍しいわね!いらっしゃいませー、さあ、どうぞ。」


珍しい。

そう言われるほど、この民宿に客がいないことは知っている。


おそらく、予約なんてしなくても泊まれるであろうことも。



私は15歳になるまで、この町で育ったのだ。

この町で生まれて、この狭い町で中学時代までを過ごした。


知らないこともあるけれど、この町のことならば大概のことは分かる。


笑顔で案内をしてくれる女将さんの後に、黙って付いていく。




色褪せた畳に、染みのある襖。

木製の大きなテーブル。

レトロな古いテレビに、今では懐かしいビデオデッキ。


昭和の匂いがプンプンする部屋は古臭くて、それなのに、何故か懐かしかった。



(中は、こんな風になってたんだ………。)


さすがに地元だとはいえ、民宿に泊まったことはなかった。

駅前の民宿に泊まる必要も、この町に住んでいた頃の私にはなかったことだし。


外観は知っていても、宿の中までは知らないままでこの町を去っていったのだ。



この駅前の民宿は、小さな弥生が丘の町で唯一の宿。


山あいにあるこの町に、ホテルなんてものは存在しない。



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