さよならの魔法
近場にスキー場もないこの辺りは、観光客の数も少ないのだ。
有名な観光地も、この町にはない。
歴史的な価値のある建物だって、ここにはない。
客なんて、皆無に等しいのだろう。
それなのに、この宿は、私が生まれるよりもずっと前からここにある。
(よく潰れないなって、昔から思ってたな………。)
ここの女将さんからしてみれば、とても失礼なこととは承知の上だ。
ぼんやりと、そう思い返す。
「何か御用がございましたら、遠慮なさらずにお声をかけて下さいね。」
女将さんらしき人はそう言い残し、狭い部屋から姿を消してしまって。
残されたのは女将さんらしき人が淹れてくれた温かいお茶と、突っ立ったままの私だけだった。
どうしよう。
何をしよう。
何をしようかといっても、同窓会のある夜までは何の予定も入ってはいない。
とりあえず、持っていたボストンバッグを端に置き、立ったままでテレビを付けてみることにした。
「あ、映った!」
レトロ感があり過ぎるテレビだから、正直に言うと使えないと思っていた。
映るかどうかさえ、怪しく感じていたほど。
ブォンと不思議な音を伴って、古いテレビが私の期待に応えてくれた。
(ちゃんと地デジだ………。)
宿とはいっても、ここはど田舎の民宿だ。
今、住んでいる東京にある様なホテルなんかじゃない。
バーもなければ、近くに遊べる様な場所だってない。
簡単な荷造りしかしてこなかったせいで、ここには大好きな本もないのだ。
テレビがなかったら、さすがの私でも暇過ぎて退屈に感じてしまうことだろう。
何とか暇を潰せそうで、一安心だ。
映し出されたのは、地方局のニュース。
「今日は、1月10日。各地で、成人式が執り行われています。」
テレビから聞こえるアナウンサーの声を背に、私は窓辺へと向かった。
壁が薄いせいか。
それとも、壊れた壁から入り込む、隙間風のせいか。