さよならの魔法



それが、泊まる場所のない私がこの宿に泊まることを選んだ理由。



実家には、寄るつもりはない。

母親に、挨拶をする気もない。


本当に、ただ同窓会に出る為だけに、私はこのふるさとへと帰ってきた。





「華やかな着物に身を包んだ新成人達が、会場となるホールに集まっています。これから先の未来に胸をときめかせ、羽ばたいていくことでしょう。」


テレビから聞こえるニュースが、耳を素通りしていく。


私の頭を占領しているのは、今日の夜のこと。

同窓会のことで、頭がいっぱいだ。


体はちゃんとここにあるのに、気持ちはどこか別の場所にあるのだ。




(紺野くん………。)


目を閉じた先にいるのは、今も変わらない彼の記憶。

真っ黒な学ランを着ていた、あの頃の彼。


頭の中の彼に問う。



あなたは、今日、この町にいますか。

あなたは、今日、同窓会に来ますか。


私は、あなたに会えますか。



紺野くんは、どんな大人になっているのだろう。


私の中の紺野くんは、中学生の時の紺野くんのまま。

5年前に止まってしまったままだ。



私は知らない。


高校時代の紺野くんを。

今の紺野くんのことを。



変わってしまったのだろうか。

それとも、変わらないままでいてくれているのだろうか。


願わくば、あの笑顔が見たい。

透き通った、あの声が聞きたい。



会いたいな。

紺野くんに会いたいよ。


別にいいんだ。


どんなに、不細工になっていたとしても。

どんなに、格好悪くなっていたとしても。



あの笑顔を見られるだけでいい。

あの声が聞けるだけでいい。


きっと、それだけで私は満たされる。

満たされてしまうのだろう。









艶やかな着物もない。

知り合いもいない。


たった1人の成人式。



夜を待つ私の心臓は、痛いくらいに速くリズムを刻んでいた。



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