さよならの魔法
見慣れないスーツ姿の矢田が、何故か俺の隣で微かに震えていた。
「くぅー、やっぱいい!振袖っていい!!来て良かったぜ………。」
そう言ったのは、もちろん俺の隣に立つ男。
俺、そんなこと言わないし。
お前は、何の為にここにいるんだよ。
若い女の子の振袖を見たいから来たのかよ。
(コイツは、全く………。)
俺が呆れていることにすら、気が付かない矢田。
頬を紅潮させた矢田は、更に興奮の度合いを増していく。
「あ、あの青い振袖の子、可愛いー。でも、こっちのちょっと派手めの女の子も捨て難いな………。」
「………。」
矢田、お前に言っておく。
お前はいろんな女の子を選んでいるけれど、あっちは俺達の方なんて見向きもしていないぞ。
袴でも穿いているなら、ともかく。
男なんて、みんな似た様なスーツを着ているんだ。
俺達なんて、この中では目立ちもしない存在。
口には出さないけれど、心の中でそう突っ込む。
矢田と一緒に周囲をそれとなく見回してみたけれど、あの子の姿を見つけることは出来なかった。
(………っ、俺は………どうして探してるんだ?)
揺れる、長い黒髪。
恥ずかしそうに、俯く顔。
伏し目がちになる、大きな瞳。
その瞳は弱々しそうに見えるけど、芯には強い意思が宿る。
濃紺のセーラー服が揺れる。
あの頃のままのあの子の幻が、目の前にいる。
手を伸ばそうとしても、届かない。
届くはずがない。
それは、今もあの頃も同じ。
いるはずがないじゃないか。
あんなに酷いいじめを受けていたあの子が、来る訳がない。
好き好んで、同級生ばかりが集まるこの場所に、足を運ぶ訳がない。
来たって、思い出すだけだ。
悲しい記憶を思い出してしまうだけだ。
それなのに、俺はどうして探してしまうのだろう。
来るはずがないと分かっていても、あの子を、天宮を探してしまうのだろう。