さよならの魔法
腕時計を見れば、そろそろ出かけてもいい時間を針が指し示していた。
5年ぶりか。
同じクラスだった人間と、まともに話をするのは。
成人式で顔は合わせているけれど、時間もないせいか、まだまともに話せたヤツは誰もいない。
どんな大人になったのだろう。
みんなは、この5年をどう過ごしていたのだろうか。
離れていた5年という月日は、親しかった人達をどう変えたのか。
そして。
一瞬だけ目を閉じれば、瞼に映るのは1人の女の子。
紺色のセーラー服に真っ白なスカーフを結んだ、あの子がいる。
天宮 春奈。
中学時代、ずっと同じクラスだった女の子。
いつも教室の端っこで、本を読んでいた彼女。
絵が誰よりも上手くて、思わず見とれてしまう様な素晴らしい絵を描いていた彼女。
いじめられていた彼女。
全てに耐えて、俯いてばかりだった彼女。
あの子の姿が蘇る。
俺は救えなかった。
救いたかったのに、救えなかった。
差し伸べようとしていた手は、いつも引っ込めてしまっていた。
勇気がなかった俺は、彼女に手を差し出すことが最後まで出来ないままだった。
この5年、何度も思い出した。
何度も何度も思い出し、その度に後悔の念に囚われた。
あの子は来るだろうか。
成人式には顔を出さなかった天宮は、同窓会に顔を出してくれるのだろうか。
(天宮が来たらいいな………。)
出来ることならば、会いたい。
天宮に会いたいんだ。
伝えたいことがある。
謝りたいことがある。
5年越しの言葉が、胸の中で温められていく。
俺はまだ、あのチョコレートのお礼を言えていない。
ありがとうって、彼女に伝えられていない。
俺は、彼女を救えなかった。
泣いている彼女の涙を止めてあげることは出来なかったけれど、せめてありがとうという言葉だけは伝えたい。
伝えなくちゃならないんだ。