さよならの魔法
せっかく会えたのに。
やっと、その姿をこの目に映すことが出来たのに。
諦めかけた、その時だった。
俺の目が、1人の女の子の後ろ姿を捉えたのは。
動きに合わせて揺れる、ナチュラルブラウンの髪。
グレーのコートを纏う背中。
スカートから伸びる、タイツを穿いた黒い足。
俺よりも、ほんの少し小さな身長。
少し離れた場所を歩く、その背中。
俺は思わず、彼女に声をかけていた。
「天宮!」
はっきりとそう呼んだのに、その人は振り向こうとはしない。
確かに聞こえていたはずなのに、俺の方なんて見てもくれない。
一抹の不安がよぎる。
間違いなのか。
人違いなのか。
もしそうならば、迷惑だと思われていることだろう。
しかし、俺には自信があった。
あれは、天宮だって。
天宮に違いないって、確信があった。
だから追いかけて、その肩に触れて止めた。
「え?」
サラリと揺れる髪。
グレーのコートの背中が、こちらに向く。
ゆっくりと振り向いてくれたのは、やはり予想通りの女の子。
天宮 春奈。
中学時代の3年間、ずっと同じクラスだった女の子。
あまり話したことはなかったけれど、それでも決して避けていた訳ではなかった子。
溢れる様に思い出す。
あの頃の記憶が零れ落ち、胸を締め付けていく。
忘れられない。
忘れてなんかいない。
俺は。
自己顕示欲の強い磯崎が標的にしていた子。
味方なんていなくても、健気に教室に通っていた子。
俺は、彼女を救えなかった。
何もしてあげられなかったんだ。
「あ、まみや………っ、ちょっと待って………!」
乱れる息を整える暇もなく、天宮を止める。
待ってくれ。
行かないでくれ。
俺の言葉に、振り向いてくれた天宮は何故か固まってしまって、そのまま動かなくなってしまった。