さよならの魔法
「紺野くんじゃなくて、紺野でいいよ。」
俺の言葉に、増渕の奥二重の目が反応する。
コロコロ変わる表情。
女の子らしい、女の子だ。
「んー、じゃあ、………紺野!」
可愛らしくそう呼んできた増渕の頬が、ほんのり赤く染まっていく。
明るくて、いつも笑っている増渕。
そんな増渕の、意外な一面を見た瞬間。
(ははっ………、可愛い。)
何か、矢田が夢中になるのも分かるわ。
この感じでは、矢田だけではなくて他の男も、増渕に惹かれていることだろう。
それくらい、愛らしい。
こういう反応をされると、さすがの俺でもそう思ってしまう。
恋愛に興味がなくたって、俺だって一応は男。
可愛い女の子が見せる仕草や表情に、心が綻ぶ時もある。
「それで、増渕は何か用なの?」
「あ、そうそう………ごめん、忘れてた。」
増渕は慌てた様子で、手に持っている分厚い物体を俺に差し出す。
見覚えのあるそれは、学級日誌。
日直に当たってしまった人間が持っているはずの物。
学級日誌を差し出す増渕が、頬を膨らませる。
「今日の日直、紺野くん…………じゃなくて、紺野なんだって。」
少し怒り気味のところを見ると、増渕も押し付けられたのであろう。
多分、通りすがりの担任に。
渡し忘れて、ちょうど通りかかった増渕に、担任が手渡したのかもしれない。
「は?あれ、俺、今日………日直だったか?」
慎重に、朝の記憶を呼び起こしてみる。
朝、いつも通りの時間に起きて。
いつも通りの時間に家を出て、登校して。
席に着いて、友達と話していたら、担任の先生が教室に入ってきて。
朝のホームルームが終わった後、先生は職員室にとんぼ返りしていた気がする。