さよならの魔法



(マジかよ………。)


うちのクラスの担任。

佐藤先生は、中年の女性。


年配の女性である佐藤先生は、たまに酷い物忘れをしてくれるのだ。

困ったことに、今日の物忘れの矛先は、俺に関連することだったらしい。



「学級日誌を渡し忘れたから、紺野に渡してって………そこで先生に頼まれちゃった。」

「悪いな、増渕。」


大事なこと、忘れるなよ………先生。

日直であったことを忘れていた俺も、同罪だけど。


一瞬顔に苛立ちが出てしまいそうになるけど、増渕にその苛立ちをぶつける訳にもいかない。



増渕は、巻き込まれただけだ。

増渕に文句を言ったって、仕方がない。


何とか怒りを抑えて、漏らしてしまいそうになった文句を喉の奥へと押し込む。



「………。」


無言で今日のページをめくれば、そこに書かれていたのは俺の名前と、もう1人の日直であるらしい女子の名前。


ちょっと待て。

待てよ。


この子、今日、休みじゃなかったか?

今日の唯一の欠席者は、この子だったよな?



「冗談………だろ。」


ついてない。

ああ、本気でついてない。


佐藤先生は分かってたんだ。


今日の日直が、俺1人であることを。

だから、わざわざ俺を名指しして、学級日誌を渡してきたのだ。



2人いる日直のうちの1人は、今日は休んでいる。

休んでいるということは、残りの1人が全てをやらなければならない。


要は、1人でやれってことらしい。



「あれ?どうしたの?」


鈴が転がる様な、可愛らしい声。

すぐそばにいる増渕が、俺にそう聞く。


増渕の声に反応して、矢田も顔を上げた。



「今日の日直、俺だけっぽい。………もう1人の日直、休みだから。」

「ぶっ、くくく………っ!」


即座に吹き出したのは、もちろん矢田だ。


相当ウケているらしい。

肩を震わせてまで、笑いを堪えている。




少しは、同情くらいしろって。


残念だな、とか。

ついてないな、とか。


ほんと、いい性格してるわ。



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