さよならの魔法
涙の跡が、茜の艶やかな頬に残る。
しばらく泣いた後、茜は俺にそう言った。
真っ赤に腫らした目を、痛そうに擦りながら。
「は?」
ずっと?
ずっとって、どういうことだ。
戸惑う俺をよそに、茜は虚しく笑う。
「6年前のバレンタイデーの日、覚えてる?」
「あ、ああ………。」
忘れられる訳がない。
天宮の心が壊れた、あの日を。
全てが変わってしまった、あの残酷な日のことを。
「あの日から、ユウキが天宮さんのチョコを受け取った時から………いつか、こんな日が来るんじゃないかって思ってたよ。」
ああ、だからなのか。
元から、茜は用心深い。
それでいて鈍くもなく、人の心も読める。
そういうことに、敏感なタイプであることは分かっていたけれど。
鈍感な俺よりも先に、茜は俺の心の動きに気が付いていたのだ。
俺がそのことに気付くよりもずっと前から、そのことを察知していた。
俺を好きだったから。
誰よりも近くで、ずっと俺のことを見ていた茜だったから、そのことにいち早く気が付いた。
俺は無意識のうちに、また茜を傷付けていた。
知らないうちに、茜を追い詰めていた。
俺の焦りを知っているのか。
知らないままなのか。
茜が、苦い笑みを浮かべる。
「ユウキったら、超鈍感なんだもん。私は分かってたよ。」
情けない声でそう言って、茜は自らその涙を拭った。
「ユウキが、天宮さんのことを見てるって………天宮さんのことが好きなんだって、ずっと前から分かってた。」
「ごめんな、茜………。ごめん………。」
ごめん。
それ以外の言葉は、バカな俺の頭には浮かばなかった。
もっと、気が利いたことを言えたらいいのに。
もっと、茜が救われる様な言葉をかけてあげられたらいいのに。
こんな時にも、俺は気が利いた言葉を言ってやれない。
自分のことだけで精一杯なところは、あの頃と変わらないのだ。
きっと。