さよならの魔法
自分に実力がないのは、百も承知だ。
才能なんてないことも、自分で理解している。
私は、絵を描くことが好きなだけ。
絵を描くことに夢中になれる、ただそれだけの絵描きだ。
それでも、こんな風に素敵な絵を描いてみたいと思った。
誰かの胸を打つ、そんな絵を作り上げていけたらいいと思ったんだ。
いつか、この画廊で個展を開くこと。
個展を開いて、自分の絵をたくさんの人に見てもらうこと。
それが、今の私の夢だ。
私の世界を、いろんな人に知ってもらいたい。
私の描く世界で、誰かの心を癒したい。
叶う気配はないけれど、漠然とした夢よりは、現実的な夢であるはずだ。
コンコンというノックの後、控え室にオーナーが顔を出した。
「あ、オーナー………。すいません、今、すぐに紅茶をお持ちします!」
早め早めにと思って準備をしていたのだけれど、既に佐々木様はいらしているのだろうか。
咄嗟に謝れば、オーナーは慌てて返す。
「いいのよ、急がなくて。後は、私がやるわ。」
「え?」
「佐々木様、待ちきれなくて………もう早速いらしているのよ。」
ああ、やっぱり私の予想は当たってしまっていたのだ。
佐々木様は、私の知る限りでは時間には厳しい方。
時間を守る方だ。
「もう終わりますから、オーナー………。」
「焦らせてるんじゃないのよ、天宮さん。」
そう言って、にっこり微笑むオーナー。
「天宮さんは、もう今日は帰っていいの。例の依頼の方に行って欲しいのよ。」
微笑むオーナーが、私の手にあったティーカップをさらりと優しく奪い取った。
例の依頼。
それは、オーナーから特別に頼まれた仕事のこと。
絵を描くことが好きな私の為に、オーナーが与えてくれた仕事のことだ。
今の私の、生きていく上での糧。
楽しみの1つになっていること。
「いいんですか………?」
「ええ、もちろんよ。私が頼んでいることなんだから。」