さよならの魔法
「あ、ありがとうございます!オーナー!!」
「だから、オーナーじゃなくて名前で………」
「それは、………ちょっと考えさせて下さい。」
「もう、天宮さんは!お疲れ様、また明日もよろしくね。」
嬉しさが滲み出て、ついつい感情が表へと出てしまう。
オーナーが、そんな私を見て穏やかに笑う。
(オーナー、知ってるんだ。)
私が、あの依頼を楽しみにしていること。
あの仕事を、楽しんでやっていることを。
だから、オーナーはわざわざ言いに来てくれた。
いつもよりも、早く帰っていいのだと。
オーナーには、本当に頭が上がらない。
学生時代から、お世話になりっぱなしだ。
オーナーの気遣いに感謝して、私は早速帰り支度を始めることにした。
着古した、グレーのTシャツ。
穿き慣れた細身のジーンズに足を通し、スニーカーを履く。
もちろん、こんなラフな格好で通勤してきた訳じゃない。
社会人になったことだし、勤務先も画廊であるから、出勤する時の服装には気を遣っているつもりだ。
このラフな格好は、オーナーから頼まれた特別な仕事の時だけのもの。
頼まれた仕事をする時以外は、この服を着ることはない。
大きなトートバッグと、普段から使っている小さめの革のポシェットを持って、私は勤めている画廊を後にした。
ザワザワと、人のざわめきに満ちた街の中を、大きなトートバッグを抱えて歩く。
この都会の街の中では、私のこの格好はひどく浮いて見えた。
お世辞にも綺麗とは言い難い、着古した服。
間違っても、若い女の子が着たいと思う服なんかじゃない。
その証拠に、さっきから痛いくらいに周囲からの視線が突き刺さっている。
(うーん、見られてる………よね。)
気にならないと言えば、嘘になる。
周囲からの視線は容赦なく、私に注がれているから。
だけど、気にしない。
気にしないことにしたのだ。