さよならの魔法



周りの目ばかり気にしていたら、私は何も出来なくなる。

動けなくなる。


これは遊びじゃない。

仕事なんだ。


私は、今から仕事をしに行くのだから。



昔の自分みたいに、周りの目を気にすることを止めた。


私は、私なんだ。

それ以上でも、それ以下でもない。


自分らしくあることから逃げてはいけないのだ。



他人ばかりを気にしていたら、私はまたきっと怖くなる。

動けなくなって、立ち止まってしまう。


臆病で弱気な自分に戻ってしまうことを、私は知ってるから。




ビル街を抜け、駅前に辿り着く。

駅前にまで来てしまえば、目的地はすぐそこだ。


駅前の商店街にある、そびえ立つ長い壁。

そこまで来て、私はようやく荷物を置いた。



「えーと、あ、あった!」


大きなトートバッグから取り出したのは、大学時代から愛用している絵筆の数々。


大胆に空間を塗る為の、大きな絵筆。

メインで使っている、中くらいの絵筆。

細かな場所を塗るには、小さくて細い絵筆。



絵とはいっても、1つの筆だけで完成することはない。

いろんな絵筆を使い分けて、自分だけの世界を広げていくのだ。


画材を地面に広げて、自分の仕事のスペースを作っていく。

ペラペラと、持ってきたスケッチブックを広げながら、頭の中でイメージを膨らませる。



私の仕事。

それは、壁画を描くこと。


オーナーから頼まれたのは、商店街の入り口にある壁に絵を描くことだった。






それは、数日前。


「天宮さん、ちょっといい?」

「はい、オーナー。何でしょうか?」


仕事中にオーナーに呼び止められ、頼まれたのは思いもよらないこと。



「そこの商店街の会長ってね、私の知り合いなの。」

「そうなんですか………。」

「客足が落ち込んでるらしくって、ちょっと頼まれたことがあるのよ。」


最初は、世間話の1つだと思っていた。

場を和ませる為にオーナーが口にした、小話の1つだと。



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