さよならの魔法



ただ、絵が好きだった。

無心で絵を描くことに、幸せを感じていた。


大学の帰りに直接バイトに行った日に、私はオーナーにスケッチブックを見せたことがあったのだ。



「あら、天宮さん、お疲れ様。」

「おはようございます、オーナー。」

「それ、なーに?」

「あ、スケッチブック………です。今日は時間がなくて、大学からこっちにそのまま来てしまったので。」

「スケッチブック、懐かしいわー!見せてくれる?」

「はい、いいですよ。」



忘れていた記憶が、オーナーの言葉によって蘇る。



「会長から話を聞いた時、真っ先にあなたのことを思い出した。あなたの絵を思い出したの。」

「………!」


私の絵。

満たされていた大学時代にスケッチブックに描いた、たくさんの絵。



「あなたしかいないって、そう思った。他の人じゃなく、頼むならあなたに頼みたいって思ったのよ。」

「………そんな、私は………」

「報酬は、大した額をもらえる訳じゃないの。半分は、ボランティアみたいなものだから。………それでも、引き受けてもらえるかしら?」



まず、迷った。

私なんかが受けてもいい話なのかと、真剣に思い悩んだ。


私はただ美大を卒業しているというだけで、才能がある訳なんかじゃない。

絵が好きだということは誇れるけれど、それだけで食べていくほどの才能には恵まれていなかったのだ。



探せば、適任者は他にいくらでもいる。

私よりも絵が上手い人間なんて、星の数ほどいる。


だけど、やってみたいと思った。

そう思ってしまった。



自信なんてない。

自分の絵に自信があるのなら、私はきっと画家を目指していただろう。


取り柄なんてないけれど。

絵だって、好きなだけで上手くないけれど。


それでも、この仕事を引き受けてみたいと思ってしまった。

オーナーの言葉に頷きたいと思ってしまったのだ。



誰かを感動させてみたい。



< 479 / 499 >

この作品をシェア

pagetop