さよならの魔法
ただ、絵が好きだった。
無心で絵を描くことに、幸せを感じていた。
大学の帰りに直接バイトに行った日に、私はオーナーにスケッチブックを見せたことがあったのだ。
「あら、天宮さん、お疲れ様。」
「おはようございます、オーナー。」
「それ、なーに?」
「あ、スケッチブック………です。今日は時間がなくて、大学からこっちにそのまま来てしまったので。」
「スケッチブック、懐かしいわー!見せてくれる?」
「はい、いいですよ。」
忘れていた記憶が、オーナーの言葉によって蘇る。
「会長から話を聞いた時、真っ先にあなたのことを思い出した。あなたの絵を思い出したの。」
「………!」
私の絵。
満たされていた大学時代にスケッチブックに描いた、たくさんの絵。
「あなたしかいないって、そう思った。他の人じゃなく、頼むならあなたに頼みたいって思ったのよ。」
「………そんな、私は………」
「報酬は、大した額をもらえる訳じゃないの。半分は、ボランティアみたいなものだから。………それでも、引き受けてもらえるかしら?」
まず、迷った。
私なんかが受けてもいい話なのかと、真剣に思い悩んだ。
私はただ美大を卒業しているというだけで、才能がある訳なんかじゃない。
絵が好きだということは誇れるけれど、それだけで食べていくほどの才能には恵まれていなかったのだ。
探せば、適任者は他にいくらでもいる。
私よりも絵が上手い人間なんて、星の数ほどいる。
だけど、やってみたいと思った。
そう思ってしまった。
自信なんてない。
自分の絵に自信があるのなら、私はきっと画家を目指していただろう。
取り柄なんてないけれど。
絵だって、好きなだけで上手くないけれど。
それでも、この仕事を引き受けてみたいと思ってしまった。
オーナーの言葉に頷きたいと思ってしまったのだ。
誰かを感動させてみたい。