さよならの魔法



「………!?」


伸びやかに動いていたはずの右手が、どういう訳か、言うことを聞いてくれない。

何か強い力に阻まれて、絵筆を持っている右手を自由に動かすことが出来ないのだ。


私の右手を掴む、誰かの手。

骨っぽい、だけど細い手。


その手に引き寄せられ、顔を上げる。



そこにあったのは、有り得ない人の顔。


ここにはいないはずの人の顔。



「………どうし……て………」


先ほどまで頭の中を占めていた壁画のイメージが、あっという間に吹き飛んでいく。

透き通ったブルーの世界が消えて、ただただ真っ白な世界へと変わっていく。


私の世界の色を変えたのは、あの人。

変えられるのは、彼だけ。



どうして。

どうして。


どうして、あなたがここにいるの?




フワッとした、癖のある髪の毛。

柔らかそうな髪が、太陽に当たって薄茶色に透けて見える。


真っ白なシャツ。

真ん中には、ブルーのストライプのネクタイ。


濃いグレーのスーツに身を包む、その人はーーー………



(紺野………くん………)


私が好きだった笑顔は、そこにはなかった。

私の目の前にあるのは、大きく見開かれた目。


紺野くんの目が、あの夜と同じ様に私を捉える。




紺野くん。

ねえ、紺野くん。


どうして?



あなたと私は、住んでいる街が違っているはず。

もう、同じ街にはいないはずだった。


遠く離れた場所に住んでいるはずの彼が、どうしてここにいるのだろう。



訳が分からない。

彼がここにいる理由なんて、見当もつかない。


手から、自然と力が抜けていく。

持っていた絵筆が、ポトッと地面に落ちていった。





「天宮………。」

「紺野くん………。」


聞きたいことは、たくさんある。

伝えたかったことだって、ある。


しかし、そのどれもが、言葉として出てきてくれない。



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