さよならの魔法



あれは、中学2年の時。


クラスで、いじめが始まったばかりの頃だった。

確か、美術の授業中のこと。



「あ、ごめんねー。腕が当たっちゃったみたい………。」


わざとらしい、磯崎の可愛らしく作った声。


みんなは本当の磯崎の声を知っているのに、何も言わない。

作った声なんだろ、なんて言わない。



いつもみたいに、磯崎が天宮に絡み始める。


あの日、磯崎は意図的に、天宮が使っていた絵筆を洗うバケツを落とした。

今でも、俺はそう思っている。



滴り落ちる水滴。

びしょびしょに濡れていく床と、天宮の体。


天宮は小さくなって、微かに震えていた。

ウサギみたいに丸まって、怯えていたんだ。



可哀想だった。

見ているこっちの胸が締め付けられる、そんな光景だった。


あの時、天宮は何を思っていたのだろうか。

天宮は、どんな気持ちであの場にいたのだろうか。



しかし、天宮は負けなかった。

磯崎の意思に反して、その場から逃げることを選ばなかった。


着替える為に一旦教室を出たものの、再びいじめの現場へと戻ってきたのだ。



「わぁ、素敵ね。こんな短時間で、これだけの絵を描けるなんて………すごいわ!」


本職の美術の先生を唸らせてしまうほどの絵を、天宮は短い時間で描き上げた。

俺達の半分の時間で、俺達が描けない様な絵を描いた。


記憶の中の絵が、俺の中に蘇る。



細い線を彩る、淡い色合いの絵の具。

デッサンは写実的とも言えるほど正確なのに、その絵は幻想的な仕上がりだった。


きっと、淡い色調がそう思わせるのだろう。


見ていると、引き込まれる。

絵の世界へと連れ出される、そんな絵。




似てるんだ。

昔見た、天宮の絵に似てる。


写実的なほどに正確なのに、幻想的なところが。

その淡い色調が。


だから、懐かしく思ってしまう。

より、あの頃を思い出して、俺をあの頃の記憶の中へといざなっていく。



おかしいよな。


この絵を天宮が描いた訳がないのに、天宮が描いた絵と重ねて見てしまうなんて。

別の人が描いたであろう壁画を、天宮の絵だと思ってしまうなんて。



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