さよならの魔法



磯崎さんの不敵な笑いが、何も聞こえなかったはずの私の鼓膜に入り込んだ。



「ふふっ………。」


お母さんのヒステリックな声とは違う。

だけど、高い声音。


独特の甲高い声で、クスクスと笑う。



耳障りな声だ。


あの頃から、そうだった。


この声で、陰でクスクス笑って。

いつも私を指差して、バカにして。


だから、私は磯崎さんのこの高い声が苦手になった。

この声に、嫌悪感を抱く様になってしまったのだ。



彼女はひどく楽しげに笑いながら、こう言った。



「あ、ごめんねー。腕が当たっちゃったみたい………。」


わざとらしいくらいに作った声で、磯崎さんが可愛らしくそう言ってみせる。


けれど、私は知っている。



彼女の本来の声は、こんな可愛らしい声ではないことを。

私をバカにしていた時の彼女の声は、全く違う声であったことを知っている。


磯崎さんと私は、初めて同じクラスになった訳じゃない。



小学校も同じだった。

ランドセルを背負っていた頃も、一緒のクラスだった。


不本意にも彼女との付き合いだけは長いから、彼女の本当の姿を既に知ってしまっているのだ。



聞こえた水音は、ごく間近から。


私が使っていた、黄色い小さなバケツ。

絵筆を洗う為に、机の上に置いておいたバケツ。


そのバケツから、水が滴り落ちている。



見た瞬間に理解した。

悟ってしまった。


ああ、彼女だ。

磯崎さんにやられたんだ。


通りかかった彼女に、私のバケツは倒された。



普通なら、たまたまだと思うかもしれない。

偶然手が当たって、バケツが倒れてしまった。


運が悪いだけなのだと、そう思うだろう。



だけど、これはわざと。

意図的にやったことだと、確信が持てる。


いくら私が鈍くても、それくらいのことは分かるよ。



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