さよならの魔法
その証拠に、磯崎さんは申し訳なさそうな顔なんてしていない。
悪いことをしたのに、楽しそうに笑っているのだから。
申し訳ない。
そう思っているなら、そんな顔は出来ない。
きっと笑えないはずだ。
悔しい?
そんな気持ち、あの頃にたくさん味わってる。
やり返せなくて。
言い返すことも出来なくて。
ずっと耐えて耐えて、唇をギュッと噛み締めていた。
じゃあ、この気持ちは何なのだろう。
悔しいんじゃない。
悲しいんだ。
私、悲しいと思ってるんだ。
理不尽ないじめ。
理由があるなら、まだマシだ。
いじめられる理由をなくせば、もしかしたらいじめを止めてくれるかもしれないから。
このいじめには、理由なんてない。
磯崎さんが私をいじめる明確な理由なんて、存在しないのだ。
理由が分からないのに、いじめられてしまう。
言いがかりを付けられて、嫌がらせをされてしまう。
どうにも出来ないことが悲しい。
自分の力では、解決法さえ見つからないことが悲しい。
自分の置かれた状況が、自分でも哀れだと感じてしまうのだ。
ポタポタと、倒れたバケツから水が落ちていく。
絵の具で汚れた水が、私が熱心に筆を運んで仕上げようとしていた絵を壊していく。
私の世界を。
小さな小さな、私の楽しみを。
滲んだ絵が、私の目に虚しく映った。
「………っ。」
濡れていくのは、絵だけではない。
机から滴る水は、私の制服のスカートまでも濡らしていく。
紺色のプリーツスカートまで、絵の具で汚れた水の餌食になっていってしまう。
冷たくて。
冷たくて。
足だけが冷えていって、足元から体温が奪われていく。