さよならの魔法
「何、読んでるの?」
「あ………、小説。恋愛物のだけど。」
「そうなんだ。私も、今度読んでみようかな?」
「………うん。切ない話だけど、いいと思うよ。」
「お薦めの本、あったら教えてくれる?」
ゆっくりゆっくり、時間が流れていく。
日常だけど、いつもとは少し違う。
非日常的な夏休みの時間が。
2人で本を並んで読んで、外でほんの少しだけ話をした。
家に帰ろうとした時、橋野さんに話しかけられたのだ。
「ねえ、天宮さん。」
「橋野さん、どうしたの………?」
図書館を出れば、蒸し暑い空気が纏わり付く。
夏の日は長い。
夕暮れ時の空。
時計を見れば、午後7時を指している。
よく追い出されなかったものだ。
閉館時間のギリギリまで、私と橋野さんは本を読み耽っていたらしい。
司書のおじさんには怒られなくても、家で待っているはずの母親には雷を落とされてしまうことだろう。
夕暮れ空を背景にして、橋野さんが微笑む。
ああ、新発見だ。
橋野さんって、こんなに笑う子だったんだね。
知らなかったよ。
もう2年も、同じクラスにいたというのに。
「また、一緒に本を読まない?」
その誘いは、私が待ちわびていたもの。
2人で過ごした時間は、とても満ち足りたものだったから。
穏やかで、流れていく川の様にゆるりとしていて。
何も言葉を交わさない時間でさえ、十分過ぎるくらいに楽しかった。
苦しくなかった。
忘れていられた。
橋野さんと一緒にいる時間だけは、紺野くんの顔を思い出さずにいることが出来た。
悲しい現実も。
残酷な行為も。
寂しい環境でさえも。
「うん、いいよ!」
それは、私に初めての友達が出来た瞬間だった。