さよならの魔法
矢田と同じく、活動的なことが大好きな茜がこの話を蹴るはずもない。
トントン拍子に話は進んで、今朝を迎えたという訳だ。
「………っ、眩し………。」
まだ朝だというのに、陽射しは時間を追う毎にどんどん強くなる。
涼やかだったはずの風が、次第に熱を帯びて。
山あいの町を蒸し暑い空気で包み込むのも、もう時間の問題かもしれない。
遠くから近付く影。
小さな人影に、目を細める。
近付くにつれ、大きくなる影。
俺の姿を認識した影が、駆け出す。
デニムのショートパンツから出た、褐色の長い足。
明るい黄色のTシャツが、日の光の下で映える。
肩の長さで切られた髪が、動きに合わせて軽やかに揺れる。
影が呼ぶのは、俺の名前。
俺の彼女。
茜が、俺の名前を呼んだ。
「ユウキ!」
茜が笑うと、俺まで笑顔になれる。
蝶みたいだ。
茜は、蝶。
舞っている様に、綺麗な動きで走る。
だからかな。
ついつい、見とれてしまうのは。
「ごめんね。待った?」
そう謝る茜の後ろから飛び出したのは、にやけ顔の男。
俺の悪友、矢田だ。
「おはよー、茜ちゃん!」
気持ち悪い。
実に、気持ち悪い。
だらしなく下がった目尻に、伸びた鼻の下。
馴れ馴れしい矢田に、朝から苛立ったのは言うまでもない。
(コイツ、いつの間に茜ちゃんとか呼ぶ様になったんだよ………。)
一昨日の時点では、確かに増渕と名字で呼んでいた気がするのに。
今では、茜ちゃんだ。
下心見え見えだ。
俺と茜の心の距離が縮まるのとともに、矢田と茜の距離まで近付いてしまったらしい。
(しょうがない、か………。)
矢田と茜が仲良くなる。
それは、悪いことじゃない。
友達と彼女が険悪な仲であるよりは、仲良くしてくれている方が俺だって嬉しい。