さよならの魔法



元々、矢田は茜のことが好きだった。

お気に入りの存在というよりは、口には出さなかったけれど恋に近い感情だったに違いない。


人の気持ちなんて、そうすぐには変わらない。

変えられない。



今だって、ほら、茜に近付けば嬉しそうな顔をする。

心からの笑顔で、茜に接している。


矢田の中でも、まだ気持ちは消えていないのかもしれない。



矢田の立場からしたら、俺は完全なる邪魔者だ。


恋に順番なんて関係ないとは思うけど、矢田の気持ちを知っていて、それでも茜の手を取った。

後から横入りした、最低な人間だ。


友達を続けていることが、不思議なくらい。



ヤキモチを焼くべきなのかもしれないけれど、そんな気持ちにはどうしてもなれなかった。

矢田の気持ちを考えると、苛立ちは感じても表へは出せなかった。


俺がとやかく言う立場ではないと、そう思って。

でも、一応、突っ込んでおく。



「矢田ーーー、お前、茜にくっ付き過ぎ。」


俺が蹴りをお見舞いしてやろうとすれば、矢田は軽快な動きで俺の蹴りを避ける。


ちっ、さすが野球部。

運動部だけあって、反射神経は人よりも優れているらしい。



「ふっ、遅いぜ、紺野。そんな蹴りじゃ、俺には当たんねーし!」

「あのなー、茜と付き合ってんのは俺なの。お前が隣でそんなに引っ付いてて、どうすんだよ!」

「俺だって、茜ちゃんと仲良くしたいんだって!!」



一見すると、喧嘩をしている様に見えることだろう。

蹴りを入れ合って、言い合いをして。


でも、これは単なるじゃれ合いだ。



俺も矢田も、本気で言い争いをしてるんじゃない。

本気で言い争いなんかしてるなら、もっと本気で捕まえようとしているし。


男同士って、こんなもの。

これが、俺と矢田のコミュニケーションの取り方なのだ。



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