偽りの婚約者
顔を上げると、ドアから入って来た東條さんの後ろから顔を覗かせて入って来た主任が見えた。
「主任!!」
リビングにいたのは主任だったんだ。
「安西さん、話しをさせてくれないか?」
私は立ち上がった。
東條さんは転がっていた腕時計を拾って主任に、差し出した。
「先輩、これだろう」
「そう、これ」
主任は東條さんから腕時計を受け取ると私の方に近づいて来た。
紗季さんの腕時計を何で主任に渡すの?
また、わけが分からなくなって来た。
「東條、安西さんと二人になりたいんだけど」
「あんな話しを聞いた後で二人きりさせるわけ、ないじゃないですか」
「……お前がいると話しずらいんだけど」
「俺の事は気にせずどうぞ」
壁にもたれて腕を組んで立っている東條さんと目が合った。
彼は無表情で何を考えているのか分からない。
冷たい目で私を見下ろした。
東條さんは怒っている。
当たり前だよね、一方的に責めて東條さんの話しを聞かなかった。
堪えられなくて視線を反らして唇を噛み締めた。
「安西さん泣いていたのか。涙の跡が」
「触るなっ!!」
東條さんの鋭い声が飛んできて上がりかけた主任の手が止まった。