偽りの婚約者
「お待たせしました。カシスオレンジです」
少しすると、私の前にオレンジ色の液体が入ったグラスが置かれ。
グラスに口をつけるとオレンジの甘酸っぱい香りが広がった。
しばらくお互いに無言のままの時間が続いた。さっきバーテンさんに出して貰ったカクテルは甘口で飲みやすかったせいか、グラスに残っているのはもう僅か。
無言を破るように、私は東條雅人に話しかけることにした。
「用が、あるんじゃなかったんですか?
呼び出しておいて何にも言わないんですね?」
「…………」
何故黙ったままなの?
私を呼び出して何がしたかったの?
話しかけても何故か無言のままの彼に苛立った。
それにアルコールのせいなのか気が大きくなっているのか、いつもなら口にしないような言葉が勝手に出ていた。
「……私、貴方と同じ空間にいるのは苦痛なんです。話しがないのなら帰りますよ」
この人にとっては不快な言葉かもしれない。
でも言ってしまった事を今さら引っ込めるわけにもいかず。
「やっぱり、こんなの変です。どんな理由があるか知らないけど、あなたのやり方は詐欺師と変わらないと思います」
帰ろうと椅子から立ち上がった途端に、腕を強く引かれて椅子にまた座る事になった。
「……電話の時も冷たかったし、お前って刺のある言い方しかできないんだな」
「私が酷いような言い方しないでくださいっ!貴方がいけないんです。不愉快な事ばかりするからっ」
私達は暫く睨み合った。
「…………フゥ……確かにこの間の写真と強迫はやり過ぎだった。悪かった」