偽りの婚約者
数歩、歩いた所で私の足は止まってしまった。
後ろから東條さんが私の肩と手首を掴んで体を拘束してしまったから身動きできない。
「いやっ、放してください」
無言のまま引きずられるように彼の車まで連れて来られた。
車の前まで来ると。
彼はまだ私の手首を掴んだままでいた。
「痛いから放してください」
東條さんの手が放れて手首をさすった。
手首には、東條さんに掴まれた跡がしっかりと残っていて、それを目にした彼は眉間にシワを寄せた。
「乗れっ!」
車に揺られながら隣で運転する東條さんを見る。
無言で運転していた東條さんは赤信号で停まり私を見た。
「何で逃げた?」
あなたから逃げたかった……。
東條さんに会うたびに好きな気持ちが大きくなっていく。
先のない恋なのに……これ以上好きになりたくなかったから。