HELP
「そういうのも嫌なんだ」
 と銀次。
「私は、あなたに憧れて、音楽を」
 どうやら鳩葉は、アーティストでもあるらしい。無名かアマチュアか。まあ、後者だろう、と胡桃は結論づける。でも、大人の対応で胡桃は黙る。それがやさしさでもあるから。
「僕はもう弾けないんだ」 
 銀次は左手の指先を光が反射する位置までかざした。胡桃は違和感に気づいた。むしろ今まで気づかなかった方が不思議だ。震えている、微かに震えているのだ。
「もしかして、弦が押さえられない?」
 と鳩葉は消え入りそうな声で言った。
「パーキンソン病」と銀次は言った。「簡単に言うと脳の病気だ。神経細胞が減少しているらしい。別に死にはしない。生きづらくなるだけだ。これが僕の今の現状なんだよ」
 その場にいる全員が無言だった。むしろ他に乗客はいないのではないかと思うほどに。
< 177 / 202 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop