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 「ねえ、お母さん」
 ある日、鳩葉は疑問をぶつけようと決心した。
「どうしたの、鳩葉」
「最近のお母さん楽しそう」
「鳩葉にもいずれわかるよ。人はね、愛で生きているの」
 いつもだったら暗い表情で対応を示す母親も変化が表れた頃から、表情が明るくなり、華、があった。高校の同級生の父親が鳩葉の母親に番号を聞いた、ということが近所で広まり、それ以来、鳩葉は執拗な嫌がらせを校内で受けている。仕返しは母親にではなく、娘である鳩葉にぶつけられた。その同級生の父親の家は、家庭内冷戦状態であり、ぎくしゃくしゃ依然の問題であるらしい。でも、幸福な家庭が不幸せになるって、なんだか気味がいい、それが鳩葉の純粋な思いであり、感想だ。鳩葉は父親もいなければ、重要なイベント時である、誕生日、クリスマス、などにはプレゼントめいたものは、皆がもらっている物より、単価が低い。なので、イベント時の話題を避けるにつれ、ああ、あいつの家は不幸だから、というレッテルを貼られつつ、友達も離れていった。そんな時に慰めになったのは、アルコール依存症の父親が置き土産にしていった、一本のアコースティックギターだった。状態も良好で、後で知ったことだが、『マーティン』という非常に高価なギターだった。教則本を図書館で借り、一音一音しっかりと人生の歩みのように鳴らしていった。和音と呼ばれるコードを指で押さえ、しっかりと音が鳴った際には、自然と笑みがこぼれ、なんともいえない充実感が全身を貫いた。それは達成であり、歓喜であり、幸福。それが鳩葉の十代前半の出来事と進化の過程。誰しも過去があるが、誰もその過去を話そうとせず、胸の宝箱に閉じ込める。誰しも。
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