ノスタルジア
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「キキ、戻ってこないなあ」
夕日が沈みかけている。
彼女はぽつりと呟いた。
「塀の上にでも登って降りられなくなったんじゃない」
「キキならありえそうね」
ふふっと、白くて細長い指を口元に寄せて笑う彼女は、何故だかとても上品に見える。
俺の瞳にかかったオレンジ色のフィルターが、そう見せかけているだけなのかもしれない。
「あたし、探してくるね」
「俺も帰りがてらに行くよ」
「あ、じゃあついでに台所のところからマグロ缶とってきて。あの仔、それ見ると走ってくるの」
「自分ちなんだから、アヤノが取ってきなよ」
「あたしは先に行ってるの」
「……あっそ」
彼女が先に行きたがる理由を俺はなんとなく知っていたので、ここは素直に諦めてアヤノの家の台所に向かった。