初恋
あれから東吾は日本に残ることを決め、今はテニススクールのコーチの仕事をしている。
肩を痛めたと言っても、こうして子供達を指導する分にはなんの支障も無い。
鋭い目つきでボールを追う事は無くなったけど、ラケットを握っている時の東吾はやはり生き生きとしていた。
「沙羅、速攻で着替えてくるから!ちょっと待っててや!」
コートから飛び出してきた東吾はそう言いながらクラブハウスへ消えていった。
その後姿を見送ってふとコートに目をやると、ひときわ元気の無い子が気に掛かった。
休みのたびにお弁当を届けに来ている私は、レッスン生の子供たちともすっかり顔なじみ。
放っておけず声を掛けた。
「ケイタくん、どうかしたの?元気ないね」
フェンスに凭れていたケイタくんは私の顔を振り返りながら答えた。
「沙羅姉ちゃん。俺な・・・悩み事があって・・・・」
しょんぼりと肩を落としたケイタくんは地面を見ながら話してくれた。
「実は俺な・・・もうすぐ引越しするんだ・・・。でも今のクラスに好きな子がいて・・・・。告白しようか・・・どうしようか・・・悩んでるんだ・・・」
私は膝を折って目線をケイタくんに合わせて話し始めた。
「そっかぁ、引越すのか。それは辛いよね。私はその子にケイタくんの気持ち伝えた方がいいと思うけどな」
「なんか言い逃げみたいじゃない?」
不安げな視線を向けるケイタくんに微笑みかけた。
「女の子は『好きだ』って言われたら誰だって嬉しいもんだよ。ケイタくんも悩んでるって事は伝えたいって思う気持ちがあるんでしょ?」
私の問いかけにケイタくんは照れくさそうにコクンと頷いた。
「だったら難しい事は考えずに素直に言ったらいいと思うよ」
私がそう言うと、ケイタくんはぱっと表情を明るくした。
たぶん、誰かに背中を押して欲しかったんだと思う。
ケイタくんは照れた様に頭をかきながら言った。
「あ~あ、転校なんてしたくないよ。もし向こうも俺の事好きだったとしても上手く行かないよね。良く言うよね?『初恋は実らない』って。まさしくその通りだよ」
ケイタくんの言葉に私はくすっと笑った。
「そうでもないと思うよ」
私がそう答えた時、クラブハウスから出てきた東吾が私に声を掛けた。
「沙羅!ゴメン!待たせたな」
そう言いながらこちらに掛けてくる東吾。
私はクスクス笑いながらそっとケイタくんの耳元で囁いた。
私の言葉を理解したケイタくんは「え~?マジで??」と驚きながらも嬉しそうな顔をしていた。
「なんや?ケイタと内緒話か?」
そんなやり取りを見た東吾が面白くなさそうにしながら言った。
私は東吾の手をとって言った。
「そう、内緒話。それより東吾。早くしないとプランナーさんに怒られるよ」
「そうやった!ほなケイタ、またな!」
私たちはケイタくんに手を振って歩き始めた。
「で?なんの話してたんや?」
気になるのか、東吾が少し厳しい目をしながら私を見た。
子供相手に嫉妬してる東吾がおかしくて、くすっと笑って答えた。
「だから内緒話だってば。言ったら内緒にならないでしょ?」
「ケイタのやつ・・・沙羅に気あるんとちゃうか?」
「いやいや・・・そんな事ないから」
少し不機嫌気味の東吾にヒントだけを教えてあげた。
「初恋の話、してただけだから」
「初恋?!・・・・そういえば沙羅の初恋の相手ってだれ?やっぱり藤堂か?」
「あのね~・・・まだそんな事言ってんの?」
「そんなん言うても、俺と出会う前に藤堂に微かでも淡い恋心とかあったり・・」
「しませんから!」
そんな事を言い合いながらも私たちはしっかりと手を繋いで歩いていた。
ケイタくんにした内緒話。
何年かたったら東吾に教えてあげてもいいかな。
『あのね、私の初恋はもうすぐ実るんだよ。
私、もうすぐ“田宮 沙羅”になるから』
<完>
肩を痛めたと言っても、こうして子供達を指導する分にはなんの支障も無い。
鋭い目つきでボールを追う事は無くなったけど、ラケットを握っている時の東吾はやはり生き生きとしていた。
「沙羅、速攻で着替えてくるから!ちょっと待っててや!」
コートから飛び出してきた東吾はそう言いながらクラブハウスへ消えていった。
その後姿を見送ってふとコートに目をやると、ひときわ元気の無い子が気に掛かった。
休みのたびにお弁当を届けに来ている私は、レッスン生の子供たちともすっかり顔なじみ。
放っておけず声を掛けた。
「ケイタくん、どうかしたの?元気ないね」
フェンスに凭れていたケイタくんは私の顔を振り返りながら答えた。
「沙羅姉ちゃん。俺な・・・悩み事があって・・・・」
しょんぼりと肩を落としたケイタくんは地面を見ながら話してくれた。
「実は俺な・・・もうすぐ引越しするんだ・・・。でも今のクラスに好きな子がいて・・・・。告白しようか・・・どうしようか・・・悩んでるんだ・・・」
私は膝を折って目線をケイタくんに合わせて話し始めた。
「そっかぁ、引越すのか。それは辛いよね。私はその子にケイタくんの気持ち伝えた方がいいと思うけどな」
「なんか言い逃げみたいじゃない?」
不安げな視線を向けるケイタくんに微笑みかけた。
「女の子は『好きだ』って言われたら誰だって嬉しいもんだよ。ケイタくんも悩んでるって事は伝えたいって思う気持ちがあるんでしょ?」
私の問いかけにケイタくんは照れくさそうにコクンと頷いた。
「だったら難しい事は考えずに素直に言ったらいいと思うよ」
私がそう言うと、ケイタくんはぱっと表情を明るくした。
たぶん、誰かに背中を押して欲しかったんだと思う。
ケイタくんは照れた様に頭をかきながら言った。
「あ~あ、転校なんてしたくないよ。もし向こうも俺の事好きだったとしても上手く行かないよね。良く言うよね?『初恋は実らない』って。まさしくその通りだよ」
ケイタくんの言葉に私はくすっと笑った。
「そうでもないと思うよ」
私がそう答えた時、クラブハウスから出てきた東吾が私に声を掛けた。
「沙羅!ゴメン!待たせたな」
そう言いながらこちらに掛けてくる東吾。
私はクスクス笑いながらそっとケイタくんの耳元で囁いた。
私の言葉を理解したケイタくんは「え~?マジで??」と驚きながらも嬉しそうな顔をしていた。
「なんや?ケイタと内緒話か?」
そんなやり取りを見た東吾が面白くなさそうにしながら言った。
私は東吾の手をとって言った。
「そう、内緒話。それより東吾。早くしないとプランナーさんに怒られるよ」
「そうやった!ほなケイタ、またな!」
私たちはケイタくんに手を振って歩き始めた。
「で?なんの話してたんや?」
気になるのか、東吾が少し厳しい目をしながら私を見た。
子供相手に嫉妬してる東吾がおかしくて、くすっと笑って答えた。
「だから内緒話だってば。言ったら内緒にならないでしょ?」
「ケイタのやつ・・・沙羅に気あるんとちゃうか?」
「いやいや・・・そんな事ないから」
少し不機嫌気味の東吾にヒントだけを教えてあげた。
「初恋の話、してただけだから」
「初恋?!・・・・そういえば沙羅の初恋の相手ってだれ?やっぱり藤堂か?」
「あのね~・・・まだそんな事言ってんの?」
「そんなん言うても、俺と出会う前に藤堂に微かでも淡い恋心とかあったり・・」
「しませんから!」
そんな事を言い合いながらも私たちはしっかりと手を繋いで歩いていた。
ケイタくんにした内緒話。
何年かたったら東吾に教えてあげてもいいかな。
『あのね、私の初恋はもうすぐ実るんだよ。
私、もうすぐ“田宮 沙羅”になるから』
<完>