初恋
「いちゃついているところ悪いんだが」

声の主は部長だった。
景ははぁっと息を吐いて部長に言った。

「部長、気配を殺して背後から近づくのやめてください」
「いや~、だってなんだかいい雰囲気で話してるから、なんの話してんのかなぁと思って」
「盗み聞きするつもりだったんですか・・・・」

にかっと悪びれもしない部長に景は脱力するように、再びため息を吐いた。

「部長、いちゃついてるわけでも、いい雰囲気だったわけでもありませんから。で?なんの用ですか?」

私は落ち込んだ気持ちを立て直し、部長に尋ねた。
すると部長は「ああ、そうだった」なんてわざとらしい前置きをしてから言った。

「今日、花火大会があるらしいんだけど、それにみんなで行こうって話しになってな。7時に駅前集合な」

部長はそれだけ言うと、私たちの返事も聞かず踵を返した。
そして途中でくるっと振り向くと

「高宮は浴衣着てくる事。これ部長命令」

そう付け足して去っていった。
暫し呆然としていた私はぼそっと呟いた。

「それって強制参加なの?」

私の呟きに景が答えた。

「沙羅、行きたくないのか?」

顔を覗きこむ景から逃げるように視線を逸らせた。
私は東吾の手紙への返事をどうするか悩んでいて、なんだか皆でワイワイ騒ぐ気分になれなかった。

「そういう訳じゃないけど・・・」
「なら、みんなと一緒に行こう。ひとりで家にいてもヒマだろ?」

そう言って私の頭をポンポンと叩いた。
確かに家にいてもひとり悩むだけだと思い、私は首を縦に振った。
私のその答えに、景はふっと少しだけ微笑んだ。

「そういえばお前、祭りに行くと必ずわたあめ買ってたよな。」

にやっと笑う景に私は少し頬を膨らませた。

「いつの話してるのよ。いつまでもそんな子供じゃないんだから」
「なんだ、いらないのか。せっかく買ってやろうと思ってたのに」
「うっ・・・・欲しいです・・・わたあめ・・・・」

私がそう答えると、景は今度はははっと声を出して笑った。
そんな景の姿を見て私もふっと笑った。

とりあえず、みんなとお祭り楽しもう。

この時の私はそう思っていた。
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