初恋
日が傾きかけ、お正月営業の遊園地は間もなく閉演時間を迎える頃になった。

「沙羅、最後、あれ乗ろう」

東吾が観覧車を指差した。
私は微笑んで「うん」と答えた。

観覧車に乗り込んで、以前乗った時と同じように外の風景を眺めた。
違うのはお互い隣同士に座り手を繋いでいること。
沈んでいく夕日を見ながら、東吾との時間が残り少なくなっているのを感じ淋しくなってきゅっと東吾の手を握った。
すると東吾もきゅっと同じ強さで握り返してくれた。
そして繋がれた手を見ながら東吾が話し始めた。

「俺な、転校先の学校になんか何も求めてなかったんや」
「・・・うん」

私はただ頷き、東吾の話を聞いた。

「留学するのが決まってる俺が、今更新しい環境で一から人間関係築くのとか正直面倒くさいって思っとった。楽しく過ごせたらそれでええって思っとった。そやのに・・・」

東吾はそこで言葉を切って私を見ながら言った。

「沙羅に会ってしもうた」
「東吾・・・」

東吾は私と出会った事を後悔しているのだろうか。
少しの不安が私の胸に広がった。

「すぐにおれへんくなるのに、なんで今更好きな奴とか出来んねんとか思った。なんで『今』やねんって思った」

そう話す東吾の顔は、以前この観覧車の中で見た切なくて淋しそうな顔をしていた。
東吾もあの時すでに私の事を思ってくれていたんだ、と今更ながらに気付いた。

「だたの思い違いやと、勘違いやと誤魔化そうとしたけど結局お前は俺の中にどんどん入ってきて、俺、苦しくなってきて沙羅の事避けるようになった。それでも沙羅は俺の事、想っててくれてんな」

そう言うと東吾はぐっと私を引き寄せ抱き締めた。

「今更やけど、あの時は悪かった。それと想い続けてくれてありがとう」

私はただ首を横に振るしか出来なかった。
何かを言えば、すぐに涙が溢れ出しそうで、それを必死で堪えていた。
東吾は私を抱き締めたまま話を続けた。

「沙羅と離れて、ずっと傍におったお前がおらんようになって漸く分かった。かっこつけてお前の前から消えたつもりやったけど、俺の中はすでに沙羅でいっぱいやった。テニスでいっぱいのはずの俺の中は沙羅でいっぱいやった」

もう私の涙腺は限界だった。
堪えていた涙がポロポロと流れ落ちてきた。
私は東吾の胸にしがみつくように泣いた。
東吾はそんな私の頭を愛おしそうに撫でながら話した。

「これからも淋しい思いさせると思う。それを分かってて、お前を俺に縛り付けるのは卑怯な事かもしれん。でも絶対迎えに来るから。淋しい思いさる分、俺頑張るから。一日でも早くプロになれる様に頑張るから」

東吾の言葉に答えようと、私は顔をあげて言った。

「私も頑張る。淋しくても、東吾も頑張ってるんだって思って、こっちで頑張るから。心配しないで」

そう言うと東吾はふっと笑って言った。

「あかん。沙羅は頑張らんでええ」
「え?なんで?」

予想外の言葉にきょとんとしてしまった。
東吾は私の頭をなでなでしながら言った。

「沙羅は頑張れって言うたら頑張りすぎてしまうやろ。だから頑張らんでええ。それと、淋しい思ったら我慢せんと俺に言うてくれ。言っても会いには来られへんけど、でも『淋しい』って言う事まで我慢せんでいい。俺に気使わんでいいからな」
「東吾・・・」

東吾はちゃんと私の性格を分かってくれていた。
その上で私の行動を見越して苦しまないように言ってくれる事が嬉しくて再び東吾の胸に顔を埋めた。
泣きながらも私は思った。
我慢できる、と。
どんなに淋しくても東吾を待っていられると思った。

「東吾、大好きだよ・・・」

想いが膨らみすぎて言葉にせずにいられなかった。

「沙羅・・・」

東吾は言葉の代わりに、私を仰向かせ、そして唇を重ねた。


ちょうと観覧車が頂上に来ていた時だった。

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