夜に生まれた子供
 夕食のあと、浴槽に入れる為大量にお湯を炊き、病み上がりのアドネに手伝ってもらってそれを湯殿まで何往復もかけて運んだ。いつもならおばあちゃんがあっと言う間に浴槽にお湯を溜めてくれるのだけれど、彼女は夕食のあと出かけたっきりまだ帰ってきていない。たまにそういうことがあるから、私は気にしない様にしていた。もしかすると帰りは明日になるかもしれないのだ。気にしていたらお風呂にも入れない。
 浴槽にお湯をたっぷりと入れ終わる頃には、私もアドネも少し息が上がっていた。運んでいる間に冷めることを想定して、お湯はかなり熱めにしておいたから服を脱いでいる間にちょうどいい温度具合になるだろう。
 私がアドネの手を掴み、手のひらに伝えたいことを書いたら何故かぎょっとされた。一緒に入ろうと伝えただけなのに。貴族の女の子は人と一緒にお風呂に入ることなんてないのだろうか。けれど一人ずつ入っていたら次の人の時にはお湯が冷めてしまう。おばあちゃんがいればそれも問題はないのだろうけど、いないのだから仕方が無い。
「いや、一緒はちょっと……え? 我侭? ちがうよ」
 我侭だろう。此処には使用人もいないし、一人専用のお風呂なんてのもない。わざわざお湯を入れ替えるなんて骨の折れる作業も私はしたくない。
 私は戸惑うアドネを無視して服を脱ぎ始めた。胸元の釦を外していると、アドネが眉ねに皺を寄せた。
「なにしてるの、ヘンリエッタ。まさか脱ぐ気? 分かった、じゃあ私は君の後でいいから」
 お湯が冷めちゃうよ。
「冷めててもいいから」
 そんなに嫌なものなのだろうか。
 彼女は大きな溜息を吐くと、湯殿から静かに出て行った。


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