悪魔的に双子。
カバーもされないままそこにあるピアノに、わたしはゆっくりと近づき、その黒い背中をそっと撫でた。


慎重にふたを開けて、適当に鍵盤をたたくと、ぽーん、とラの音が響いた。


わたしはピアノの前に座った。


ここは凛太朗先輩の特等席、わたしが座るのは、これで二度目だ。


鍵盤に静かに手をそえる。


『亡き王女のためのパヴァーヌ』


凛太朗先輩が、天使が弾いていたと言った『水の戯れ』と同じ、ラヴェルの作品だ。


わたしは小学校の頃、ピアノを習っていた。


弾くのはあまり好きではなくて、中学校に入学すると同時にやめてしまった。


このパヴァーヌは、わたしが唯一、弾くことが心底好きな曲だ。


この曲だけは、きっと、10年ピアノを弾かなくたって、忘れはしない。


学校のピアノの鍵盤は、家にあるピアノのそれより少し重たかった。


弾くことに夢中になっていたわたしは、凛太朗先輩が来ていることに気がつかなかった。


「すごい……青ちゃん上手」


弾き終わり、ほっと息をついたところに、声が聞こえて、わたしははっと顔を上げた。


そこには、心底無邪気に笑っている先輩がいた。


瞳には、本当に感心したらしい光がにじんでいる。


「俺のへったくそなピアノよりよっぽどいいや、もっと弾いてよ」


いつも通りに先輩に苦笑いながらわたしは首を横にふった。


「もう弾きませんよ、この曲しか、弾きたいと思わないし」


「えっ、そうなの?」


先輩が目をぱちくりさせる。


おかしくて一瞬吹きそうになった。
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