悪魔的に双子。
三月、桜が咲くにはまだ早いけど、空がつきぬけるように高くて、とても綺麗な日だった。


「青ちゃん」


放課後、音楽室でピアノを弾いていると、胸に花をさした凛太朗先輩が扉のところに立っていた。


ふわりと、幼い笑みが凛太朗先輩の頬を彩る。


「良かった、居たんだね。」


「はい、先輩がいらっしゃるかなと思って」


わたしもにこりと笑みを返す。


「ついこないだまで毎日来てたのに、もう懐かしい感じがするんだもんな、放課後の音楽室」


凛太朗先輩は噛みしめるようにつぶやくと、ピアノの鍵盤を人差し指でポーンと叩いた。


「卒業おめでとうございます」


「ありがと」


さびしいな、と思わず小さくつぶやくと、俺も、と返された。


心地の良い沈黙が流れる。


楽しかったな、と先輩の横顔を見ながら思った。


先輩がはじめ一人でピアノの練習をしていて、わたしが押しかけるような形でここに居座っていた。


その後はわたし一人だったけど、


先輩は卒業して、たまに会いに来てくれることももうなくなる。


それを思うと寂しかった。


「晴れてよかったですね。」


「うん、俺たちは運が良かったよ」


「あのっ」


思い切って言いたいことを言ってしまおうと勢いこむと、わたしは先輩を見上げた。


「学ランの右腕のボタン下さい」


先輩は少し目をぱちくりさせて、不思議そうな顔をした。


「右腕?……ずいぶん変なところだね」


まぁ確かに、定番といえば第二ボタンだ。


でも何を思ったのか、先輩はらしくないニヤリとした笑みを漏らして言った。


「ま、違うところのは一年後、別の人がくれるか」


「あ…う…」


わたしと真昼のこと、先輩が知っていても不思議ではない。


そのことを失念していたわたしはじわじわと顔を赤らめた。


そんなわたしを見て楽しげに笑い声を上げたあと、先輩は右腕の袖からボタンをとって、わたしにくれた。


「……ありがとうございます」


ぎゅっと握りしめて、少し微笑んでみる。


右腕のボタンというのは、別にでたらめに言ったわけではない。


先輩がピアノを弾くたびにきらきら光るボタンを右側からずっと見ていたから。


そのきらきらを忘れないために。


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